1月中旬。 人々のお正月気分も抜け、街が普段の落ちつきを取り戻す時期。 墨東署交通課の面々も年末年始の取り締まり強化運動による激務から開放され、普段通りの勤務に戻っていた。
「午後の警らからただ今戻りました〜!」
「無許可で路上販売やっていたおじさんを1人注意しただけであとは特に目立ったことは無かったわ。 今日みたいな日が続いてくれればいいんだけど…」
夏実と美幸が午後の警らから戻ってきた。 2人を頼子と葵が出迎える。
「お帰り〜!」
「お二人ともお疲れ様でした。」
「定時まであとちょっと。 さぁて、もう一頑張りするとしますか!」
夏実は残った連絡票の整理をしようと自分の席につこうとすると机の上にクッキーが置いてあることに気がついた。 クッキーは丁寧にラッピングされてある。 どうも誰かの手作りのようだ。 オフィスを見渡してみるとクッキーの小袋は美幸や中嶋、課長の机の上にも置いてあった。
「ねぇ、このクッキーどうしたの?」
夏実は葵に問い掛けた。
「あぁ、それですか? それは夏実さん達が戻られる30分ぐらい前に有栖川さんが来て置いていかれたんです。 ちはるちゃんの手作りだそうですよ。」
「へぇ、そうなんだ。 ちはるちゃん、有栖川君のお弁当を作ってあげているぐらいだもんね。 料理の腕は相当なものなんだろうな…」
席につくと夏実は小袋に入ったクッキーを食べ始めた。
クッキーを食べながら夏実は考えた。
(有栖川君、正式に墨東署の所属になったんだよね…。 となると歓迎会はやらなくちゃダメね。 よーし、決めた!)
亮介の歓迎会を思いついた夏実は早速このことを美幸に持ちかけた。
「ねぇ、美幸。 有栖川君の歓迎会やらない?」
「えっ?」
「彼、部署は違うけど、正式に墨東署の一員になったんだからさ…」
「夏実の言う通り、正式に墨東署の一員になったものね、彼。 やろうか、有栖川君の歓迎会。」
夏実の突然の提案に最初は驚いた美幸だったが、しばらく考えると納得の表情で彼女に答えた。
「ありがとう美幸〜! よし、美幸のOKはこれで取れたということで… 頼子や葵ちゃんも賛成してくれるよね?有栖川君の歓迎会。」
「私はもちろん賛成。 会場の手配は任せてよ! いいお店を探しみせるから。」
そう言うと頼子はパソコンをネットに繋いで会場となる店を探し始めた。
「私も賛成です。」
葵も夏実の提案に異論はないようだ。
「えーっと、みんな一緒に非番の日は来週の土曜日か… じゃ、日程は10日後、来週の土曜日で決まりね。」
「私達がOKでも肝心の有栖川君がその日非番じゃなかったらだめじゃない。 だから日程は彼に聞いてから決めないと…」
「ハハハ… そ、そうでした〜。」
美幸に一番肝心なことを忘れて自分だけ一人歩きしてしまっていることを突っ込まれ、夏実は苦笑いした。
「皆で何を騒いでるんだ? 廊下まで声が漏れてきていたぞ。」
夏実達より遅れて中嶋が取り締まりから戻ってきた。 何を話していたのか気になっている様子だ。 。
「あっ、中嶋君。 実は今、有栖川君の歓迎会のことを話していたの。 日程は皆が非番の来週の土曜を予定しているんだけど、彼が非番かどうかまだ聞いてないからこの日で確定とはなっていないの。」
美幸は彼に歓迎会のことを話した
「来週の土曜は何も予定は入ってないし、部署は違えど、これからも一緒に墨東署で働く仲間だもんな。 オレも有栖川の歓迎会に参加させてもらうよ。」
「ありがとう中嶋君。 夏実、これで全員参加決定ね。」
突然の提案だったのに美幸、頼子、葵、中嶋と全員が参加を表明してくれた… 夏実は安堵の表情を浮かべた。
「ねぇ、みんな〜! このお店で良いかなぁ〜?」
ネットで会場となる店探しをしていた頼子が呼ぶので夏実達は彼女の周りに集まった。
「このお店ね、開店したばかりの料理店なんだけど、美味しいことで話題なの。 しかもこのお店、宴会コースを申し込むと1人に丸ごと1匹のカニ、1グループに1つ船盛のお刺身がつくのよ〜!」
「おおーっ!」
頼子が説明する店のサービス内容に全員が驚きの声を上げた。
「カニに船盛りのお刺身か… くーっ、楽しみ〜! でかした頼子!」
「さすがです頼子さん」
「ふっふっふ…私の情報網を甘く見てもらっちゃ困るわね。」
頼子は自信に満ちた笑みを浮かべた。
「会場も決まったことだし… あとは有栖川君が来週の土曜に非番かどうか聞くだけね。 頼子、この画面印刷して。」
「ちょっと待ってね… はい、どうぞ。」
頼子はパソコンの画面に表示されている店舗情報をプリントアウトして夏実に手渡した。
「じゃ、私これから捜査一課まで聞きに行ってくるから!」
夏実はオフィスを出ていった。
「美幸…何だか夏実、張りきってるよね?」
「そうね。 はぁ、連絡票の整理もあれだけ進んでやればたまることも無いのに…」
不思議そうな顔をして聞いてくる頼子に美幸はため息混じりに答えた。
夏実が捜査一課のオフィスを訪れると亮介がパソコンで報告書を作成しているところだった。
「あっ、辻本さん。 徳野さんなら今出かけていますよ。 用があったら僕が伝えておきますけど…」
「今日は徳野さんにじゃなくて有栖川君に用があるんだ。 有栖川君、来週の土曜日は非番?」
「ええ、来週の土曜は非番ですけど… それが何か?」
(よっしゃ!)
亮介から来週の土曜日は非番という返事をもらい、歓迎会を行う全ての条件が揃った。 夏実は心の中でガッツポーズをした。
「実は…」
夏実は来週の土曜日に歓迎会を行う予定だということを亮介に話した。
「えっ、僕の歓迎会ですか?」
「そう。 有栖川君、この間までは本庁からの派遣という形だったけど、正式に墨東署の所属になったでしょ。 だから歓迎会をやることにしたの。」
「でも、僕の所属は交通課ではなくて捜査一課ですけど…?」
「もう、有栖川君ったら… そんな野暮なこと言わないの! 部署は交通課から捜査一課に変わったけど、これからも墨東署で一緒に働く仲間だということに変わりはないんだから。 ねっ!」
本庁のコンピュータへのハッキング及び、一連のミストラル事件で交通課に派遣されていたが、今は捜査一課に所属している。 なのに、交通課の人間である夏実達が何故自分の歓迎会を企画するのかと疑問の表情を浮かべている亮介に対し、夏実は苦笑いしながら言うのだった。
「これに会場のお店の地図とかが載っているから渡しておくわね。 有栖川君が来週の土曜日非番かどうか分からなかったからまだ仮予約状態なの。 本予約を入れて時間が決まったらまた連絡するから。」
「分かりました。」
「じゃ、私はこれで。 早く戻らないと美幸に連絡票の整理がたまってるのに何やってるのって言われるから…」
そう言うと夏実は交通課のオフィスへ戻って行った。
夏実から貰った歓迎会の会場となる店の情報が印刷された紙を見ながら亮介はポツリとつぶやいた。
「仲間、か…」
国家公務員1種試験を優秀な成績でパスして念願の警察庁へ入省したが、同期の研修生や先輩達の持つエリート意識に嫌悪感を抱き、自分も知らない間に幹部候補となっている現実。 小さい頃から抱いていた理想の警察官像とかけ離れてしまっていた現実の中では仲間と呼べる人間はごく僅かだった。 だが墨東署に左遷された今、憧れていたもの、そして自分を仲間だと呼んでくれ、自分も仲間だと呼べる人々がいる。 墨東署の所属になることができて良かった。亮介はそう思った。
「さぁて、報告書を完成させないと。 提出の期日は今日だもんな…」
亮介は机の上にある卓上カレンダーに歓迎会の日をチェックすると中断していた報告書の作成を再開した。
この時,亮介はまだ知る由も無かった。 10日後の歓迎会が波乱の歓迎会になるということを…