「おぉ、有栖川。 今日は大変だったなぁ。」
「いえ… それよりも徳野さん、ミストラルと火薬の行方は?」
「さっぱりだ… モノの見事に逃げ切られちまったようだ…。」
終業時間はとっくに過ぎているのにまだ活気のある捜査一課のオフィスで亮介と徳野が話をしている。 この日、墨東署に保管されていた盗品の工業用火薬が強奪請負人ミストラルによって盗まれた。 ミストラルは亮介の無線に介入して墨東署から離れた場所におびき寄せ、自分は彼に化けて署内に侵入し、保管されてあった火薬を盗み出した。 亮介も無線で指定された場所に何も無かったことで無線介入だと分かり、急いで署へ戻ったが一足遅かったのだ。
「そうですか… ミストラルに関連してると思われる未解決事件についてお聞きしたいと思って来たのですが?」
「いや、すまん。 少し調べてみたんだがな、それらしい事件はまだ見つかっていないんだ。 俺の方でも少し調べを進めてみるが…」
「すいません、お願いします。」
徳野にペコリと頭を下げ、亮介は捜査一課のオフィスを出た。
「他の場所でも有力な情報は得られなかったし… 収穫はゼロ、か…」
ドアにもたれかかり、大きく溜息をつくのだった。
交通課のオフィスに戻る途中、亮介は屋上に立ち寄った。 真冬の冷たい風が吹く中、眼下には綺麗な夜景が広がっている。 この夜景のどこかで強奪した工業用火薬を持つミストラルが真のターゲットであるフランシア国宝の絵画「バラの涙」を狙っている。 そう思うと夜景の美しさに見とれる気持ちよりも、ただミストラルを逮捕できなかった悔しさだけが彼の心の中に広がっていった。
(あの時、オレが一度確認を取っていればヤツを逮捕できたはずなのに…
ちくしょう!)
悔しさのあまり、亮介は柵を「バン!」とたたいた。 だが、あまりの痛さに手を押さえながら屈みこんでしまった。
「いてて… ケガしていたの忘れてた…」
亮介は夏実と一緒に火薬を奪ったミストラルを追った。 逃げ込んだ廃ビルを突き止めて中に入ったのだが、姿が見当たらない。 そこでミストラルが乗り捨てたと思われるバイクを彼が調べていたところ、バイクに爆弾が仕掛けられているのを発見。 夏実と一緒に安全な場所まで離れようとしたその時、爆弾が突然爆発。 この時、夏実を庇った亮介は左手を負傷。 彼はケガをした手で柵を叩いてしまったので、屈みこんでしまうくらいに痛かったのである。
「ケガをした手で叩いたら痛いに決まってるじゃない!」
屈みこんでいる亮介に対して誰かが声をかけた。
「辻本さん…。」
声のした方向を向くと入り口のドアのところに夏実が立っている。 彼に声をかけたのは彼女だった。
「未解決事件の捜査報告をしようと思って交通課に戻ったら有栖川君いないから、もしかと思って徳野さんのところへ行けば行き違いだって言われるし… 署内を探しまわってたんだぞ! もしかして、私が課長に有栖川君の補佐をするように言われてるのを忘れた訳じゃないでしょうねぇ?」
「そ、そんな事ないですよ〜! 辻本さんが僕のサポートをしてくれていることは一度も忘れてません!!」
「それならいいんだけど。」
署内を歩き回らされたことで少々不機嫌になっている夏実に詰め寄られ、亮介はただ謝るしかなかった。
「そう言えば有栖川君、屋上で何やってたの?」
「ちょっと考え事を…」
屋上にいた理由を尋ねる夏実。 真冬のこの時期、しかも夜間に屋上にいてもただ寒いだけ。 疑問に思うのも当然である。 それに対し、「考え事」と素っ気無く答える亮介。 彼女にはこのとき、彼の表情が曇ったように見えた。
(有栖川君、何か悩んでる? もしかして、あのこと? そうよ、そうに違いないわ!)
遠くの夜景をぼんやりと眺めている亮介に夏実は意を決して聞いてみた。
「有栖川君、ミストラルのことを考えてたんじゃない?」
「えっ?」
夏実の方を向く亮介。 一瞬びくっとしたような表情をしたのを彼女は見逃さなかった。
「やっぱりね… 今の有栖川君の表情、図星をつかれたって感じだったもん。 言い訳しても無駄だからね。 もうバレバレなんだから!」
自分の考えを見抜かれてしまった亮介。 観念したかのようにふっと一息つくと、再び夜景に目線を移して話し始めた。
「ものの見事に言い当てられては仕方ありませんね。 そうです。考えていたのはミストラルのことです。 先日の無線介入犯が捕まったとはいえ、ミストラルが無線機器のスペシャリストということは解っていたんです。 あの無線が入った後に僕が確認を取っていれば、こんなことにはならなかったし、ミストラルを逮捕できたのに… 」
夏実も自分のホームグラウンドである墨東署管内でミストラルにやりたい放題やられてしまったので、彼の悔しさは分かる。 でも、亮介は完全に今回の責任を1人で背負い込んでしまっている。 そんな彼の痛々しい姿をみて、「こんなの、いつもの彼じゃない」彼女はそう思った。
「今の有栖川君はいつもの有栖川君らしくないよ…」
「らしくない?」
「有栖川君、野球やってなかったのにストライク男に挑戦して、三振男って言われたじゃない? その後、毎日素振りしてヤツにリベンジ果たしたし、マンションで干してあったちはるちゃんの下着が盗まれた時も警察官の家で窃盗とはいい度胸だって言って下着ドロ逮捕作戦を立てたでしょ。 いつもの有栖川君なら一度失敗してもそこで留まったままというようなことはなかった。」
しょげている亮介の姿なんて見たくない。 いつもの元気な彼に戻って欲しい。 そんな夏実の思いがこの言葉に現れていた。
「覚えてる?課長が墨東署交通課は喜んで捜査に協力させてもらうって言ったこと。 式典までまだ2日あるし、私達が団結すればミストラルのヤツなんて余裕で逮捕できるわよ!」
自分がミストラルの事件で墨東署に派遣された捜査官であると交通課の皆に知れてしまった後、「自分で1人でどこまで出来るか分からない。 だから力を貸して欲しい」と言ったのを亮介は思いだした。 その時、夏実が言うように、課長が「墨東署交通課は喜んで捜査に協力させてもらう」と言ってくれている。 それなのに今回のことを1人で全て抱え込んでしまっていた自分がばからしく思えてきた。
「辻本さんの言うとおり、ホント、僕、自分らしくないこと言ってましたね。」
「そういうこと。 もぉ、しっかりしてよ〜!有栖川警部補殿!」
そう言うと夏実は亮介の額を人差し指でツンとつついた。
「ふーっ、有栖川君と話してたら何かお腹が減ってきちゃったぁ。 葵ちゃんが貰ってきた満腹堂の大福を課長がつまみ食いしてなければこんなことにならなかったのに…」
「僕の愚痴に付き合わせてしまったしお詫びの意もこめて… 辻本さん、これから一緒にコーヒーでも飲みにでも行きません? ワッフルとシフォンケーキがおいしいお店知ってるんですよ。 もちろん、僕のおごりで!」
ついさっきまで元気だったが、空腹には耐えられずにしゅんとなった夏実を見て、亮介がカフェに誘う。
「いいわよ。 じゃあ、そこで今日の捜査会議といきますか!」
夏実の返答はもちろんYES。 亮介の腕を掴むと早足で歩き始めた。
(有栖川君、しょげた表情なんかよりも、いつもの笑顔の方がずっと素敵だよ…)
この2日後、厳戒体制の中、式典会場へ輸送中の「バラの涙」がミストラルによって盗まれた。 だが、亮介と夏実達の見事なチームワークでバラの涙を奪還、ミストラルも逮捕し、事件は無事解決したのである。