旅の重さ


監督:斎藤耕一
原作:「旅の重さ」 素九鬼子
脚本:石森史郎
音楽:よしだたくろう
出演:高橋洋子、岸田今日子、三国連太郎、高橋悦史
1972年 松竹


 昔見て感動した映画、特に青春時代にみた映画を、二十年、三十年経てもう一度見たとき、大概の場合は失望する。昔斬新だったものも、時を経るにつれて色あせて見える。人生経験の浅い幼稚な目には人生を写した秀作と見えた映画も、その内容の乏しさや思想のなさは、成熟した大人の目をごまかせない。人はだてに歳をとっているわけではないからだ。

 名古屋に名作のそろったビデオレンタルがあると聞いて、友人と二人で駆けつけ、私がまずさがしたのが、サタジット・レイ監督の「大地のうた」であり、斎藤耕一監督の「旅の重さ」であった。とくに「旅の重さ」は是非見てみたかった。

 私はこの映画を大学生の頃に、金沢の映画館で見た。そして感動した。二十数年を経て、再び見てみて、私はますますこの映画に魅せられてしまった。感動はどうやら本物だったようである。

 名作とは何かという定義はいろいろあるだろうが、私は時代を超えてその価値を失わない映画であると考える。いやそれどころか名作と言われる映画は、年月とともにますますその輝きを増し、我々の心の奥深いところへとしみこんでくる。「旅の重さ」という映画は、まさにこの意味で私にとっての名作である。

 主人公の十六歳の高校生の少女(高橋洋子)は、ある日、自由と自立を求めて、家出同然に旅に出る。母(岸田今日子)には愛人の男がいて、そんな母に彼女は複雑な思いを抱いている。母のもとを離れ、自分を見つめ直したいというのが、家を出た一つの動機らしい。しかし、少女は母を愛しており、旅先から手紙を書く。この手紙のナレーションで物語が進行する。

 それは四国の札所を巡るお遍路の旅のようであり、またヒッチハイクの気ままな一人旅のようでもある。旅の途中、少女は映画館で隣に座った男から痴漢行為を受けたり、旅芸人の一座に加わって、その座長(三国連太郎)に惹かれたり、女優の一人とレスビアンを体験したりもする。そうしたなかで、少女の心は揺れ動き、しだいに成長していく。

 しかし、一人旅の厳しさや淋しさが、やがてしだいに重く彼女にのしかかる。初めは自分を解放してくれた野や山も、いつかただの自然になる。そして彼女はある小さな港町で、ついに病に倒れる。

 行き倒れた彼女を家に上げて介抱してくれたのが、高橋悦史が演じる行商人の男である。少女はこの男の親切を重荷に感じて、一度はそこを飛び出すが、再び男の貧乏長屋に帰ってくる。そして無口で飾り気のない野生の匂いのするこの男にしだいに惹かれていく。

 少女役を演じた高橋洋子はこの作品で新人としてデビューした。初々しい笑顔が印象的である。裸で滝壺に入っていくシーン、全裸で砂浜にうずくまるシーン、いずれにもみずみずしい青春の香りがある。彼女が体当たりでこの少女役を演じているのが分かり、すがすがしさを覚える。

 脇役がまたいい。旅芸人一座の座長の三国連太郎。唄あり踊りあり、芝居ありで見ていて楽しい。母親役の岸田今日子もいいし、行商の海の男を演じる高橋悦史の寡黙な男らしさもいい。そして、自殺する文学少女の秋吉久美子の可憐さもよかった。

 四国の自然が美しい。田舎の老婆のやさしい微笑、場末の映画館、小さな港町の市場、石垣の道と黒光りする民家の屋根瓦、遠くから聞こえてくる保育園児の歌、遍路の鳴らす鉦の音。草花の咲き乱れる野の道にあふれる明るい日差し。波が打ちよせる砂浜。情感にあふれた映像が印象的である。

 それにくわえて、よしだたくろうの作詞作曲になる主題歌「今日までそして明日から」がやさしくこころにしみる。

 この映画が作られた1972年という年は、私にとって特別の年である。そのころ私は学生運動と学問に挫折し、大学で留年を繰り返していた。ともに活動した組織の友人たちからも見放されて、私は生きる意欲を失い、新聞配達の労働でようやく自分自身の生活を支えていた。そうしたなかで、この映画に出会ったのである。

 この映画を見て、私は心がいやされるような気がした。学生運動や、留年に伴う父との不和、人間関係のいざこざ全般に疲れていた私にとって、主人公の少女の孤独感や淋しさはよそ事とは思えなかった。そしてときには道にうずくまり、大声で泣きながら、しかも精一杯生きている彼女の姿に、思わず心が熱くなっていた。

 同じ頃、私は「万葉集」に出会っている。そして同じく心が温められた。そう言えばこの映画はどこか万葉集に通じる心の厚みや豊かさを感じさせる。
 この映画は私の心に人間や自然に対するゆたかな信頼、人生に対する熱い思いを蘇らせてくれた。同じく競争社会のなかで命をすりへらし、あくせくと生きることに疲れた現代人の心にも、人生へのしみじみとしたゆたかな思いや意欲を蘇らせてくれるにちがいない。