3.人類はどこから来たのか
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ミトコンドリアは語る |
2004,9,16 |
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アイスマンの親戚 |
2004,9,17 |
1.ミトコンドリアは語る
私たちの細胞の中には、ミトコンドリアというバクテリアが棲みついている。正確に言うと、大昔にバクテリアだったものだ。今は、すっかり独立性を失い、細胞の一器官として機能している。これが一つの細胞に約2千個あり、私たちの体は約60兆の細胞から出来ているから、総数でいうと12京個ものミトコンドリアが私の中で活動しているわけだ。
どうしてミトコンドリアが私たちの細胞の中に棲みつくようになったのか、それは、大変興味のある生命進化のドラマだ。詳しいことは省略するが、私たちの細胞は、約20億年ほど前に、ミトコンドリアの前身となる小さな細菌(αプロティオ)を内部に取り込み、これと共生することで、酸素からエネルギーを作ることができるようになったと考えられている。ミトコンドリアは細胞のエネルギー生成工場なのである。
私たちの細胞がミトコンドリアを持たなかったときは、それではどうやってエネルギーを調達していたのだろう。それは簡単にいえば、酸素を必要としない「解糖」(発酵)による方法でだった。現在でも酸素のないところでこうしたやりかたで生きている原始的な細菌が存在するが、これは「酸素呼吸」に比べればとても効率の悪い方法である。ミトコンドリアと共生することで、細胞は酸素呼吸ができるようになり、見違えたように活力を振るうようになった。
ところで、大昔にミトコンドリアがバクテリアであった証拠は、彼らが今でも彼ら独自の遺伝物質DNAを持っていることからわかる。これは細胞核のDNAとは別のものだ。そしてミトコンドリアはこれを自分自身で複製する。ミトコンドリアのDNAも、こうして親から子供へとうけつがれるのである。
ただ私たちは、ミトコンドリアは母親からしか受け継がない。その理由は、父親の精子の中にはミトコンドリアがないからである。私たちは母親の卵細胞のなかにあるミトコンドリアをのみそのまま受け継ぐ。
だから、私のミトコンドリアのDNAは、私の母親のミトコンドリアのDNAとそっくり同じ塩基配列をしている。そして、私の母親はそれをその母親、つまり、私の母方の祖母から受け継いでいるわけだ。
もし私のミトコンドリアのDNAをしらべて、それがAさんとそっくり同じなら、私とAさんは共通の女性を先祖としてもつことになる。つまり、ある人間のルーツを母系に限って探ることができるわけだ。
たとえば、国立遺伝学研究所の宝来聡さんは、埼玉県戸田市から出土した縄文人の骨からミトコンドリアのDNAを取り出した。そしてこれを現代人のそれと比較した。その結果、色々なことがわかってきた。
結論をいうと、6000千年前に生きていた戸田の縄文人とそっくりおなじミトコンドリアDNAを持つ人たちがいたのである。それがアイヌの人々だった。さらにかなりの日本人の他、マレーシア人、インドネシア人のなかにもいた。
このことは何を意味しているか。戸田の縄文人とアイヌ人、そして多くの日本人や南方の人々が同じ母系の先祖を持っているということである。しかも、DNAの配列は突然変異によって入れ替わるから、その配列が完全に一致したということは、かなり近い近縁関係にあるということがわかる。
ちなみに、韓国人、中国人も調べたが、いずれも3ヶ所以上で違っていた。これからアイヌ人が縄文人の直系であり、その血が現代の日本人の中に受け継がれていること、そして、縄文人のルーツが中国や朝鮮ではなく、マレーシアやインドネシアであることがわかる。
さて、地球上のすべての人種のミトコンドリアDNAを調べると、その類縁関係がさらに明らかになる。そしてその系統樹をどんどんさかのぼって行くと、私たちは遂に、ただ一人の女性にたどりつく。この女性こそ現在地上に生きているすべての人々を生み出した「太古の母」(ミトコンドリア・イブ)である。
オックスフォード大学の遺伝学教室教授ブライアン・サイクス教授は、「イヴの7人の娘たち」という本の中で、ミトコンドリア・イブが15万年前にアフリカで誕生し、現代ヨーロッパ人の90パーセントはイブの子孫の7人の女性を共通先祖として持っていると述べている。
また、その後の研究では、日本人の95パーセントが9人のイブの娘たちの子孫と判定できるそうだ。日本人が9人ものイブの娘を共通祖先を持つということは、日本人が決して単一民族ではなく、むしろおそるべき多様性をもった混血種であるということだ。こうしてミトコンドリアは日本人の意外な秘密を語り始めた。
2.アイスマンの親戚
昨日は5000年前に生きていた縄文人のミトコンドリアDNAの話をした。そんな昔の骨からDNAが採取できるとは驚きだが、ヨーロッパでも5000年前に生きていた人の骨からDNAが採取され、話題になったことがあった。
1991年9月19日のことだ。この年はたいへん温かい年で、アルプス・チロル地方の氷河が融けだし、そこから一人の男の遺体が発見された。発見したのはドイツ人のベテラン登山家ジーモン夫妻だった。
ジーモン夫妻は氷から突きだした男の遺体を見て、最初は遭難した登山家だと思ったそうだ。しかし、彼がもっていた古めかしいアイスピックから、彼がかなり古い時代に属する人物だという想像がついた。
「アイスマン」と呼ばれるようになったその死体は、冷凍保存され、オーストリアの法医学研究所に運び込まれて精密検査された。放射性炭素元素の測定から、その遺体は約5000年前の人類だということがわかった。
世界で初めて人骨の化石からDNAを取り出すことに成功していたオックスフォード大学のブライアン・サイクスもこの研究に参加し、アイスマンの骨からDNAを取り出した。そのときの様子を、「イヴの7人の娘たち」から引用しよう。
<調査対象として与えられた材料は、病理学標本につかわれるような小さな壷に入れられていた。見かけは、どうということもなかった。灰色のどろどろとした物質だ。当時わたしの研究助手をしていたマーティン・リチャーズと一緒に壷を開け、ピンセットを使って中味をつまみ上げてみると、どうやら皮膚と骨が混ざったもののようだった。
見た目はたしかにぱっとしなかったが、それが腐敗しはじめている様子も見られなかった。そこでわれわれは、熱意と希望的観測を持って仕事にとりかかることにした。オックスフォードに戻り、小さな骨のかけらを、かって古代の化石で行ったのと同じ抽出プロセスにかけたところ、思った通り、DNAがみつかった。しかも、ふんだんに>
これだけなら、どうということがない。しかし、問題は、このアイスマンのDNAとそっくり同じ塩基配列をもつ人物が、現代のヨーロッパ人のなかに発見されたということだった。それはサイクス博士の友人のマリーという女性だった。彼女はイングランド南部にすむアイルランド人だった。このことはさっそく「サンデー・タイムズ」に「アイスマンの親戚、ドーゼットで発見」という見出しで報じられた。
<わたしはマリーがアイスマンとのあいだに感じた絆に強く惹きつけられた。どんな記録にも残されていない、何千年も昔に死んだ人間と遺伝学的につながっているいるのは、なにもマリーひとりではないはずだ。もしかすると、いまこの時代に生きている人間に目を向けるだけで、過去の謎を解明できるのかも知れない。(略)
そうとなれば、研究の幅を広げて現代人全体を対象とするのが不可欠だ。いま生きている人間のDNAをさらに解明してはじめて、人類の化石の調査結果からなんらかの文脈を組み立てられるようになる。
そこでわたしは、現代ヨーロッパ人をはじめとする世界各国の人々から集めたDNAについて、できるかぎりのことを見つけるための研究に取りかかった。そのなかになにを見つけようが、それはそれぞれの先祖から直接届けられたメッセージなのだ。過去は、わたしたち全員のなかに眠っている>
このことがきっかけになって、サイクス博士は普通の医学遺伝学者から、まったく新しい科学分野に転出することになった。それは人類の歴史をDNA解析によって検証するというとほうもない試みだった。
博士のこの研究から、10数年のうちに、これまでの人類史の定説を覆すさまざまな新事実があきらかになって行った。その成果が「イヴの7人の娘たち」であり「アダムの呪い」である。この両書はすばらしく面白い。その内容について、この日記でおいおい紹介しよう。
参考文献
「イヴの7人の娘たち」 ブライアン・サイクス著 ソニーマガジンズ
「ミトコンドリアはどこからきたか」 黒岩常祥著 NHKブックス
「パラサイト日本人論」 竹内久美子著 文芸春秋