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◆院長の著書 ◆今日の動き |
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∵「休日の楽しみ」
(「五十鈴会卒後30周年記念アルバム」 2005年10月22日刊) |
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∵「覚醒剤中毒と酒井法子さんの清らかな涙」
(院内報 2009年9月21日) |
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∵「日雇労働者と精神医療」
(1994年1月25日) |
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∵「心神喪失者医療観察法の害毒 第2回」
(「日精診誌 164号 2007年1月」 に掲載) |
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∵「暗闇の獄中医療」
(「名古屋市医師会中区支部 中区医報 No.150」 に掲載) |
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∵「心神喪失者医療観察法の害毒 第1回」
(「日精診誌 155号 2005年11月」 に掲載) |
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∵「天網恢恢疎ニシテ漏ラサズ」
(「名古屋市医師会中区支部 中区医報 No.146」 に掲載
「私の原稿に何をする!」のつづき) |
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∵「私の原稿に何をする!」
(「名古屋市医師会中区支部 中区医報 No.142」 に掲載) |
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∵「たちあげる」と「させていただきます」
(「名古屋市医師会中区支部 中区医報 No.134」 に掲載) |
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∵渡部良夫先生、名古屋掖済会病院院長に鉄槌を下す
(「名古屋掖済会病院の暴挙」のつづき) |
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∵名古屋掖済会病院の暴挙 |
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∵東海地方で初の脳死臓器摘出をした岐阜市民病院長に対する公開質問状等 |
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∵「心神喪失者医療観察法案」に反対する |
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院 長 五島 幸明(ごとう たかあき)
専 門 精神科 神経科
・名古屋大学医学部1975年卒
・東栄町国民健康保険東栄病院医員
医師としての各科の研修とともに山村医療を学ぶ
・名古屋大学医学部附属病院精神科医員 2年
精神科医としての初期研修
・国立療養所東尾張病院精神科第一医長 12年
国立精神病院で精神病の入院患者を中心に診療
・社団法人日本海員掖済会名古屋掖済会病院精神科部長 9年3ヶ月
総合病院で、外来を中心に身体合併症を含む広範囲の患者を診療
を経て
・2001年7月1日より五島メンタルクリニックを開院
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かつて院長は、現代医学の中で精神医学が果たす役割を「名古屋掖済会病院創立50周年記念誌(1998.10刊行)」に著しました。参考までにご覧下さい。
「寸断された身体から統合された身体へ」
現代の医学は、細分化・専門化の方向に進んでいる。特に内科が臓器別に再編されてから、その傾向が著しい。各専門分野での診断・治療の知識や技術は、飛躍的に増大し、一人の内科医が全体を把握することは、もはや不可能である。専門性を高める方法として、計量化・画像化する方法が、科学的方法として尊重される。視覚領域の知覚が、突出的に優位となり、他の知覚は劣位となる。これに対して、「人間を診るのであって、疾患を診るのではない」との言が人口に膾炙する。この言は、現実の前には虚ろでしかない。
ここに陥穽がある。計量化や画像化は、必然的に生命体としての人間を物化し、全体を部分化する。人間のみがもつ最高の情報伝達手段である「ことば」は軽視される。ましてや、患者の表情、姿、雰囲気などを感得したり、医師と患者との関係を対象化して診断や治療することは、計量化・画像化の医学とは対極にあり、非科学的方法と見なされる。
この状況を、われわれは「患者、医師、病院すべての身体が寸断された状況にある」と表現する。われわれは「寸断された身体」を、単にヒューマニズムの観点から、人間を全体的に診ることをのみ主張するものではない。「統合された身体」を回復する方法が、現代医学の診断・治療能力を更に高めるということをこそ主張したいのである。
「統合された身体」を回復する方法として、精神医学が現代医学の基盤・根幹にすえられなければならない。本来、精神医学は、計量化・画像化の方法と本質的になじまない。精神医学は、患者を全体的・構造的に把握することに努める。そして、細かな診断をつける前に、身体疾患か精神疾患か、という鑑別能力を養うことを重要な眼目としている。他科との違いが、ここにある。他科では身体疾患の鑑別診断が主要な眼目であり、身体疾患としての診断がつかぬ時に、はじめて精神疾患が意識されることになるであろう。そのため、うつ病や神経症など精神科で治療すれば短期間で治癒する患者が、他科にあって遷延するという例を、われわれは数多く体験した。当然、精神疾患である限り、検査結果に異常がないため、それまでに過剰な検査がなされがちである。
精神科が、身体疾患を精神疾患として誤診すると、身体疾患の増悪という重大な結果を招く。逆は必ずしも真ではない。他科が、精神疾患を身体疾患として誤診し、精神疾患が増悪しても、死に至るのは自殺のみである。自殺者が報告されるのは稀であろう。そのため、誤診を自覚する契機が少ない。これは臨床力のない精神科医にあっても同様である。
われわれは、こうした事態を憂慮し、他科との連絡を密にして、精神疾患を掘り起こす努力を重ねた。その結果、他科の精神疾患に対する理解が深まり、他科からの紹介が日毎に増えている。適切に精神科に患者を紹介する医師が、短期間で治癒する患者を増やすのである。又、患者の心理を配慮し、不安を軽減する初歩的精神療法を施す力を、多くの医師が身につければ、身体疾患の治癒率も高くなるであろう。
このため、われわれは毎年当院に就職する10数名の研修医の教育に力を尽くしている。研修医は、1ヶ月の精神科研修によって、身体疾患と精神疾患を鑑別する力がつく。そして、身体疾患の様相を帯びた精神疾患の患者を、過剰な検査をせずに的確に精神科に紹介するようになる。ちなみに、1997年度に就職した研修医12名の内11名が、また1998年度に就職した研修医12名全員が、各1ヶ月間当科の研修をしている。
精神病患者に対する差別や、精神科に対する偏見を克服する努力も、精神科の使命である。当院では、日常的努力によって、時には糾弾によって、改善しつつある。元より他科によって身体治療を必要とする精神病患者が、精神病を理由に忌避されたことはない。
入院治療が必要でありながら、病棟の構造・体制上の制約によって、当科での治療が不可能な精神病患者は、信頼できる精神病院に紹介している。幸い、良質な精神病院の協力により、紹介先がなくて難渋することは、一例もない。
これまでに述べた理念と実践により、当科の外来患者数は、現在3診体制で、年々増加している。又、入院治療は、循環器内科と眼科との混合の4A病棟(51床)で行っている。当科の定床は6床であるが、必要に応じて入院させられるため、入院患者数も増加している。1998年4月現在の入院患者は10名である。さらに、副科として関わっている入院患者も多数ある。
1977年5月に、精神科が開設されて以来21年。われわれは、今後さらに、総合病院を総合たらしめるべく邁進する覚悟である。
「その後の開院までの流れ」
上記の文章では、五島は病院で働きつづけるはずでしたが、その後事情がかわりました。脳死臓器移植をめぐって、病院当局と意見が対立したのです。
病院当局は、脳死判定をして臓器移植に協力するという方針を出しましたが、五島は脳死臓器摘出は殺人であり人道に反する、と主張しました。結局、五島は退職して、五島メンタルクリニックを開院しました。
脳死臓器移植の関連項目はこちらへ
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