岐阜県恵那市中野方町坂折の棚田は、ご存知のように「日本の棚田百選」の一つで
あります。山間にひっそりとたたずむその景観は、現代の日本が経済の発展と共に何処
かに置き忘れて来たような原風景を、思い起こさせてくれます。
しかし今日では、棚田百選の一つといえども現状のままでは、存続が非常に難しく現在
坂折の棚田では、区画整備(圃場整備)が進められております。
棚田はたんに美しい・貴重な文化遺産であるといって、だまって見ているだけでは消滅
していってしまいます。
そして今では468枚あるとされていた田んぼの枚数とその景観は、大きく変わりつつあ
るところです。 その棚田は、JR恵那駅または中央高速道路恵那インターより車で約
30分ほどのところにあります山間にたたずむ棚田は、背後に権現山(約867m)と
見行山(約905m)があり、その急峻な斜面に何段にもなって連なります。
特長
※ 棚田はほとんどが石積みの棚田であり、そのなかには名古屋城の石垣を築いた
「黒鍬」(くろくわ)と呼ばれる職人が積み上げたものもあると、言い伝えられ
ています。
※ 大部分の水田が江戸時代にできており現在でも当時の景観が残っています。

※ 灌漑用水が豊富である
棚田には、坂折川と岩竹川が流れており用水路で各水田へ導水した。
また山間地の水田には山から清水が涌き出る事が多くこれを利用した、この水は低温
であるため直接水田に取り入れるのをさけるため、「手あぜ」とよばれるものを作り
石垣のふちをゆっくりと流し温めてから水田に取りいれた。
坂折棚田の特長ある景観のひとつで、そのてあぜにはよく綺麗な水のあるところでし
か見ることのできないサワガニがたくさんいた。
その他にも、暗渠とよばれる石組みが石垣の一部や山際などに鳥居状になって作られ
ており、この間から清水が流れ出て灌漑用水として利用されています土地の人はこれ
を「清水口」とか「水抜き」と呼んでいます。これらの構造物も特長ある景観といえ
るでしょう。
※ 黒瀬街道が棚田のなかを通っている
黒瀬街道は江戸時代、苗木藩(中津川)と黒瀬湊(八百津)を結ぶ幹道で、当時の
人々の生活物資や年貢米などが往来した。現在でも残っており、棚田を通り山道をぬ
けて八百津に出ることができるが、歩くのは大変である。
赤河断層上にある坂折地区は、巨石が多くそれらを上手く利用して築かれた田んぼも
ありひじょうに変化に富んだ水田を見ることが出来ます。
しかし今でも所々には水田のなかに巨石があり、石との永い戦いがあったことをしの
ぶことが出来ます。
※ 坂折棚田の原風景が、いついつまでも永遠に受け継がれて行かれることを願います。
詳しくは写真集「坂折棚田・原風景よ永遠に」
で紹介されております。