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アドリア海の女王
「我は偉大なる獅子、我が名は福音者マルコ。我に挑むものは誰であれ、我が視界から消え失せるであろう」 1419年 トンマーゾ・モチェニーゴが元首の年、ヴェネツィアはハンガリー王国との戦争の真っ盛りであった。 「あとはおかの傭兵どものやる気次第だな」 アドリア海に艦隊を展開する海軍司令官ピエトロ・ロレダンはダルマツィアの主要都市ザーラが陥落するのを見届けると艦隊をヴェネツィアに帰港させた。 両者はながらくダルマツィア地方の領有権を主張し互いに譲らず角逐していた。
ハンガリー王ジキスムンドはカール4世の息子として生を受ける。 ハンガリー王にして、神聖ローマ皇帝、ボヘミア王、ルクセンブルク公、ブランデンブルク選帝侯、といくつもの王冠に彩られたこの男は、周囲の期待にこたえバルカン半島で勢力拡大しコンスタンティノープルを包囲していたトルコに対し、十字軍を組織した。 そして、1396年ドイツ諸侯を率いてニコポリスにおいて一大会戦を行い、トルコの稲妻バヤジット1世に完敗する。この戦いによりトルコはマムルーク朝に庇護されていたカリフからスルタンの称号を得るとともにヨーロッパにおける地位を揺るぎないものとする。一方、負けたジギスムンドは諸侯から見放されその威信は失墜の一途をたどる。 そして、皇帝としてコンスタンツ公会議を開催し一時的に威信を回復させるも、ヤン・フスを火刑に処したことにより統治下ボヘミアにおいてフス戦争を招く。戦局は泥沼化し、フス派に連敗、自己の軍事力では解決できないことを露呈。 これを好機ととらえたヴェネツィアは長年の懸案だったダルマツィアに確固とした支配権を確立すべく動く。 無能な君主をいただいたハンガリー軍は士気も低く各地で敗退、クロアチア地方からも追い払われドナウ河を挟んでヴェネツィア軍と対峙するところまで追い込まれる。 ボヘミアにてフス派に翻弄されているジギスムンドにはもはや、ヴェネツィアとの戦争を継続する力はなくなっているのは明らかであった。 一方、ヴェネツィアでも戦争を遂行するにあたり税制を見直し事実上の増税に踏み切ったため、市民から不満の声があがりはじめていた。 このあたりが潮時と悟った両者はこの夏歩みより和平にいたる。 和平によりヴェネツィアはダルマツィアおよびクロアチアを領有しアドリア海の女王として君臨するのに成功したのである。
転換 「平和のおかげで我々の都市は帆船やガレー船などの船を使って数千ドゥカートの資本を全世界の交易に投じ、輸出で200万ドゥカート、輸入で200万ドゥカートもの利益を得ている。・・・・諸君は現状を維持すれば誰にも負けることはない。諸君が最善の方法で支配していけるよう、神のご加護がありますように」
1423年 アドリア海における覇権を確固とした元首トンマーゾ・モチェニーゴは海からもたらされるヴェネツィアの富を高らかに歌い上げ、この世を去る。そして、同年海に勢力を伸ばすべきであるとするモチェニーゴとはライバルであるフランチェスコ・フォスカリが新たに元首として選出された。彼はモチェニーゴとは真逆にイタリア本土に勢力を伸ばすべきだと説きつづけて来た。 「死してなお我を阻むか・・・」 フォスカリは直ちにイタリア本土に軍を差し向けたかった。しかし、元老院には依然としてモチェニーゴを支持していた貴族たちの勢力が根強かった。 「フォスカリは嘘つきであり、根拠のない風評を広めている。また、ハヤブサよりも凶暴に飛びかかる」 生前、モチェニーゴが彼を非難していたのは、まだ記憶として生々しい。それだけに彼が元老院の支持を得るのは難しい状況であった。 だが、援軍は意外なところから現れる。 ラテン帝国 「ああ、都よ、都、すべての都の目よ」 ビザンツ帝国はヴェネツィアの宗主国であった。もともとヴェネツィアはビザンツ帝国の属州であったにすぎず、ビザンツ帝国の勢力がイタリアから後退するに従い自立し、アドリア海の治安維持を肩代わりするようになったのである。 十字軍が盛んなときにはコンスタンティノープルをおとしラテン帝国を建国したこともあったが、両国は交易を通じて長く友誼をたもってきていた。 しかし、近年帝国の威勢は完全に地に落ちかろうじてコンスタンティノープル市を保っているに過ぎず、トルコに従属しなければ生き残れなくなって久しい。 恒常的にトルコの脅威に晒されているのがビザンツ帝国の実情である。 トルコの4代目バヤジット1世が東からやってきた草原の王ティムールに捕まり獄死してくれたことがトルコの内部崩壊をもたらし、トルコは外征できない状態に陥った。 そのため、ビザンツ帝国には執行猶予にも似たひと時の安らぎがもたらされていたのである。 1425年の夏、一人の男が壮大なプランをひっさげて元首フォスカリを訪ねた。 男の名はカルマニョーラ、ミラノ公に仕える高名な傭兵隊長でありヴェネツィア軍を苦しめ続けた男でもあった。 「教皇猊下はひどく東の地の安寧を気になさっておりまして。また、わが主人ミラノ公も協力すると言っている。フォスカリ殿あとはあなた方次第ですぞ」 この傭兵隊長がいうには、東のビザンツ帝国はもはや虫の息であり異教徒から東方教会の法灯を守る力がもはや残っていない。 十字軍をおこし東方教会を異教徒の脅威から救おう。そういうことらしい・・・ なぜ、今、彼がそんなことを言うのか・・・・ フォスカリはしばらく沈思し、一つの報告を思い出す そういえば、昨年暮れローマ駐在のヴェネツィア大使が、イタリア本土に勢力をのばそうと主張するタカ派のフォスカリが元首になったことを教皇とミラノ公が憂え頻繁に密談を交わしてると報告してきていたか・・・ 察するに、ヴェネツィアの力が北イタリアに向かわないようにするために教皇とミラノ公が提案してきたのが今回の案件といったところか。 しかし、この話使えるのではないか・・・・ 元老院を握るモチェニーゴ派は海外交易推進を後押ししている。 東西交易の要衝コンスタンティノープルを手に入れることは彼らは諸手をあげて賛成するだろう。 また、ビザンツの宗主国オスマントルコは今ハンガリー・ポーランドと戦争中であり、ビザンツを応援することもできないはず・・・ 「カルマニョーラ殿、共和国はあなたを将軍として迎え入れましょう。」 こうして、この年の冬1万5千の大軍を乗せた船団がコンスタンティノープルに現れた。 ヴェネツィアを出航するに当たり、フォスカリは一芝居うった。 ヴェネツィア駐在のジェノヴァ大使を恫喝しておいたのである。 そのため、船団の行き先はジェノヴァの生命線黒海交易の中心地カッファだと噂されていた。
ヴェネツィアの大艦隊がコンスタンティノープルの沖合いに現れ、降伏勧告の書簡が発せられて初めてビザンツ帝国は慌てた。 油断していたビザンツ軍は抵抗らしい抵抗もせずに難攻不落のコンスタンティノープルに篭城するしかなかった。 戦いが長期化しトルコの介入を招くことを嫌ったフォスカリは一つの提案を行う。 「地位と財産を保証する。諸君らビザンツ貴族はヴェネツィア貴族として迎え入れる。ヴェネツィアとコンスタンティノープルの両元老院はそのまま統合する。」 と。皇帝について触れていないこの提案をビザンツ皇帝は即座に断る。 しかし、トルコ人のターバンに辟易していた貴族たちはこの提案を受け入れるべく宮廷クーデターを起こす。 ビザンツ皇帝はコンスタンティノープルの元老院により追放され戦争は終わった。 こうして、一年足らずで千年の歴史を誇るビザンツ帝国は瓦解しコンスタンティノープルはヴェネツィア商人の牙城となった。 戦いが長期化し、あわよくばトルコが介入し共倒れしてくれると予想していた教皇とミラノ公はこの鮮やかな勝利に驚愕。 協力すると約束していたミラノ公は一年足らずの戦争にすぎないにも関わらずヴェネツィアから請求された戦費分担金を払えず、戦費の代わりにブレシア市を手放す羽目になってしまった。 |