山陰ぶらり旅

丘をこえ〜〜ゆこうよ♪

 てことで、今丘を越えてま〜〜す。朝の3時強に起床し、4時発で鳥取は米子に向かっているところ。やっぱ夜のドライビングはいい。何がいいかって進みがスムーズ。気がつけば思いっきりスピード違反。こんな夜中に取り締まるほど警察も暇じゃないのさなどと思い、運に任せて猛ダッシュ!大体制限速度の倍は出してるよなぁ、こりゃ捕まったら免停だ…(^^;;;

 まぁ、そんなこんなんで順調に広島の秘境比婆に到達。ここより人跡未踏の地、何があるか楽しみです♪あ、人跡未踏の地で原住民を発見!お!こっちに謎のたぬきの死体発見!あ、謎のペットボトル。こっちには謎の民家が…う〜〜ん、さすがは比婆。ヒバゴンの里だけにミステリーゾーン(偏見)

 一番の難所比婆を無事に通過して米子に到着したのは朝の7時強。最初の観光スポット、米子城の駐車場につき、車の中を整理。車の中にあったごみを抱えて早朝の駐車場と公園を徘徊するも、ごみ箱を見つけることができずさわやかな米子の朝に怪しいシルエットを現出せしめただけでやむなくごみを抱えて車にきとうする。

 早朝のランニングに体操と地元の人が米子城の周りで活動する中、ひたすら城を登る。途中、笠やシャツが散乱する一画に遭遇、人の生活の痕跡を目の当たりにし戸惑う。ここに住まうと言うことは米子城に住まうと言うことだよなぁ。てことは唯一の住人なわけだから城主!いや、待て。丁度、城の登山道を入ってまもなくなので番所と言えなくもない場所にあたるのだから、よくて番士てところだ。などと妄想しつつ、ホームレスの住居を後にし頂上を目指す。ここに住まう住民に遭遇しなかったことが救いである。

 なんとか無事に頂上に到達したのだが、入り口には立ち入り禁止のバリケードが…ここまできて引き下がれるかと強行突破。天守閣跡地の大半は先日の大地震で立ち入り禁止区域になっているらしくカラーコーンで区切ってある。入り口のバリケードも天守閣の大半が入れないと言うことから設置してあった模様。土砂崩れの恐れの少ない安全区域を見てまわる。石垣とお地蔵さん以外何もない城と思っていたが頂上からの見晴らしに息を呑む。中海全体が見晴らせる絶好のポイント、しかも早朝なので遠方は霧がかかっていて日本画のような風景が展開。境港の工場からあがるスモッグさえなければ絶品ものである。

 次の目的地山陰歴史館の開館まで時間があるので米子城のふもとにある湊山公園を散策。なぜか、日本猿の檻が公園内に。時間があるのでこの檻の中のサルの集団を観察する。どっしり構えるボス猿、檻の中を縦横無尽に駆け巡る子猿たち。見てて飽きが来ないなぁ。と、後ろが騒がしいので目を転じると朝練かなにかで集まっていたジャージ姿の中学生たちが公園の遊具ではしゃぐ。ダーウィンの進化論はやっぱ正しいんだよなぁとしみじみと実感

 山陰歴史館というたいそうな名前に引かれて見学しにいったのだが、普通のどこにでもある街の博物館であった。民具、武具が雑然とならべてあり、一貫したテーマは米子と言う一文字に尽きるのみ。はっきりいって中途半端なお国自慢を見せられても面白くない。何でこんなところに来たのだろうと思いつつ、入館料分はと結局全部見たのだが…くぅ、他のところを見ていけば良かった。どこの郷土博物館でもお決まりのものしかないんだし、そもそも山陰歴史館と大層な名前つけるから悪いんだ。米子市立歴史博物館とあれば間違いなくいかなかったのに(涙)

 米子が不発に終わったので次に期待と言うわけで今度は今日のメイン、広瀬町は月山富田城へと向かう。途中、卒業した大学の知り合いに似た人を道すがら見かけ脇見をして危うく前の車にぶつかりそうになると言うハプニングを乗り越えて(?)、無事目的地に到着。おぉ、しかも富田城のふもとは道の駅になってるじゃないか。これは便利とさっそくパンフレット、観光案内をあさる。さすが広瀬町、尼子一色。まぁ、仕方ないと言えば仕方ないか。で、さっそく道の駅の隣にある広瀬町立歴史民俗資料館に入棺。さっき見た米子の博物館とは打って変わって広瀬と言う尼子しか主たる紹介ができないと言う事情もあってか富田城と尼子の歴史というテーマで一貫して筋が通されていたので興味深く見れた。やっぱ、趣旨がはっきりしてたほうが見やすい。

 資料館にて米子での不快感を落したので、富田城攻略に取り掛かる。とりあえず、一番近くの上り口からあがる。花の壇という場所まで来たころには既に息切れ状態。と、目の前に休憩所があるのでどっぷりと休む。なんでもここは侍所だったらしくきちんと復元してあって感じよし。寝泊まりもできそうないい施設。今晩ここで寝ようかな…て凍死するだろうなこの季節だと(笑)少し登ったら山中御殿にでる。まぁでっかい広場になっているのだが、しまったぁぁ!なんてこったい、ここのすぐしたまで車道が走っているではないか、しかも結構ここまで車できて山中御殿にアクセスしている人のほうが多そうだ。なんのために私は20分かけて登ってきたんだ。が、城は登ってこそ意義があるのだと奮起し、本丸を探す。お、本丸とかかれた矢印を発見。むむ、道が狭く急だなぁ…しかも登山道と書かれている。コリャ一般向けじゃないなと別のルートを探す、探す、探す…ない(^^;;;あれを登るしかないのか…で、本丸はどのへんだろうと見上げる。う〜〜ん見えないなぁ(仰角30度)、まだ見えないなぁ(仰角60度)(^^;;;
こ、これを登るのか…なんか今まで登ってきたところよりはるかに高いのだが…意を決して登る。道は狭く暗く急。七曲がりの坂と名乗るだけあって何度も折り返すし。途中で数度に渡り休憩。荷物もたずにこれだから具足つけて登れなんていわれた日には死にますよ、これは。往時の武士のなんとたくましきことかと思いをはせつつ息を整える。長い坂道を乗り換えてようやく辿り着いた三の丸。子供が元気いっぱいに三の丸の広場ではしゃぐのを見守りながらへばる自称若者。二の丸、本丸にたどり着きしたの風景を見て圧巻。米子まで一望に見晴らせてここもまた景色が最高。尼子が本拠にしただけのことはある。ついでに頂上にあった楓の色合いもよくてカメラがあればとりたいところ。さてと、またあの坂を降りるか(涙)

 無事、要害富田城を攻略したとおもったのだが史跡マップを見ると実は半分ぐらいしかこう力してないことが発覚。でかすぎるぞ、富田城。毛利が一年半包囲してようやく落しただけのことはある。というか包囲するのも一苦労なでかさだ。これがそのまま残っているところにありがたみすら感じてしまう。時間を見ると三時…どうしよう新宮谷のほうも見たいのだが、見にいったら安来の和鋼博物館が閉館してしまう。う〜〜ん、史跡マップ見ると新宮谷は墓ばっかなので暗くなってもみれそうということで、安来へ直行。

 和鋼博物館、最高です!たたら製鉄の歴史について詳しくふれてあるし、映像で説明してくれたりしてもう分かりやすい見やすい、でもマイナーなので人がいなくてスームーズに見れるともういいこと尽くめ。ビデオでは現代のたたら製鉄について詳しくやっててもういうこと無し。木原村下(技術長)、あんた男です(爆)。一階の展示物はまぁたたら製鉄が中心で非常に好感触。二階はスポンサーである日立金属の宣伝ばっかでちょっと興味が失せたが、しかしまぁ博物館としては目的もはっきりしてるし展示の仕方も考えてあるので文句無し。あとは、土産物屋だな。刃物ばっかで物騒だったし…仕方ないのだが(笑)

 和鋼博物館からとんぼ返りで広瀬町に戻り、夕暮れの新宮谷を徘徊する。しかし、暗い中、立て続けに尼子関係者ばかりの墓を参拝するのもなんだなぁ。しかも、離れたところにある尼子晴久の墓だけ参拝しなかったし。こりゃ祟られるな、尼子の怨霊に(笑)

 予定通り今日の観光スポットを全部見てまわったので明日の予定を確認していて重大なミス発覚!今日は11月23日勤労の日、明日はその翌日と言うことでいくつかの博物館が休刊日に指定しているではないか。むむ、ちょいとスケジュールを調整しないと不味いなぁ。結局、予定していたところ二つをつぶして三日の観光を二日に変更してまわると言うハードスケジュールに切り替え、近くの温泉につかり一日のあかを流す。今日の寝床は富田城ふもとの道の駅。もちろん車中泊です。さて、コート羽織って毛布に包まってねるか



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