| 「論語」は「孔子」の著書なのか |
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「論語」を孔子の著書と思っている人がいますがそうではありません。 孔子の没後、五十年から百年の間に、弟子たちが孔子と問答をして教えら れた言葉や、孔子がいろいろな国をまわった時にその国の君主と行った対話 さらには、弟子が孔子に対して自分の意見を述べた言葉などを集めて全十巻 二十編に編纂されたものが「論語」なのです。 したがって、「論語」は孔子を中心とする「言行録」であり、それは「大 学」「中庸」「孟子」とならぶ、中国古典のなかの筆頭として今の世にまで 残るものです。 それではこのなかで何が語られているのでしょうか。それは取りも直さず 「道徳」が中心であります。ただ、その道徳は「人としての生き方」と言い かえた方がより適切であるかのごとく、その内容は、現実的で、人間的で、 かつ、これほどまでに日常的な生活や身近な仕事、そして政治問題について 配慮のゆきとどいた古典は、まったく珍しいといわれています。 |
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それでは、論語全十巻の章立てをみてみましょう。 |
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◆巻第一 学而第一 −−−−− 16章 (がくじ) 為政第二 −−−−− 24章 (いせい) ◆巻第二 八いつ第三 −−−− 26章 (はちいつ) 里仁第四 −−−−− 26章 (りじん) ◆巻第三 公冶長第五 −−−− 28章 (こうやちょう) 雍也第六 −−−−− 30章 (ようや) ◆巻第四 述而第七 −−−−− 37章 (じゅつじ) 泰伯第八 −−−−− 21章 (たいはく) ◆巻第五 子罕第九 −−−−− 32章 (しかん) 郷黨第十 −−−−− 23章 (きょうとう) ◆巻第六 先進第十一 −−−− 26章 (せんしん) 顔淵第十二 −−−− 24章 (がんえん) ◆巻第七 子路第十三 −−−− 30章 (しろ) 憲問第十四 −−−− 46章 (けんもん) ◆巻第八 衞靈公第十五 −−− 42章 (えいれいこう) 季氏第十六 −−−− 14章 (きし) ◆巻第九 陽貨第十七 −−−− 26章 (ようか) 微子第十八 −−−− 11章 (びし) ◆巻第十 子張第十九 −−−− 25章 (しちょう) 堯曰第二十 −−−− 5章 (ぎょうえつ) |
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ご覧のように「論語」の編纂様式は、その配列・順序にも格別の意味がなく 「学而」「為政」といった編名も、編の内容を示すものではなく、ただその 編の最初の二文字を採ったに過ぎません。こんな例は、恐らく他のどの国の 古典にも見ることができないでしょう。 「論語」の本編については ◆ 論語に親しんでみませんか? |