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◆ 人にして信なくば、その可なるを知らざるなり。 [為政第二]
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原文の意味・解釈
この文言が含まれる全文{為政(いせい)第二第二十二章}は次の通りです。
子曰、
人而無信、不知其可也、
大車無{げい}、小車無{げつ}、
其何以行之哉。
子、曰(のたま)わく、
人にして信なくんば、その可(か)なることを知らざるなり。
大車{げい}なく、小車{げつ}なくんば、
其れ何を以てかこれを行らんや。
<注>「その可(か)なることを知らざるなり。」の可は、
うまくやっていけるはずがないという意味。
{げい}:車偏に兒。轅(ながえ)のはしの横木。
{げつ}:車偏に兀。轅(ながえ)のはしのくびき止め。
先生が言われた。「人として信義がなければ、うまくやっていけるはずがない。」
「牛車に轅(ながえ)のはしの横木がなく、馬車に轅のはしのくびき止めがないの
では、車として役に立たない。一体どうやって動かせようか。」
それと同じで、人間に信用がなければ、家庭生活も、社会生活もうまくやっていく
ことは出来ない。孔子はそのように言われたのでしょう。
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◆ 信なくば立たず。 [顔淵第十二]
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原文の意味・解釈
この文言が含まれる全文{顔淵(がんえん)第十二第七章}は次の通りです。
子貢問政、
子曰、足食足兵、民信之矣、
子貢曰、
必不得巳而去、於斯三者、何先、
曰去兵、
曰必不得巳而去、於斯二者、何先、
曰去食、自古皆有死、民無信不立。
子貢、政を問う。
子、曰(のたま)わく、
食を足し兵を足し、民をしてこれを信ぜしむ。
子貢が曰わく、
必らず巳(や)むを得ずして去らば、斯(こ)の三者に於いて
何(いず)れをか先きにせん。
曰(のたま)わく、兵を去らん。
曰(い)わく、必らず巳(や)むを得ずして去らば、斯(こ)の二者に於いて
何(いず)れをか先きにせん。
曰(のたま)わく、食を去らん。
古(いにし)えより皆な死あり、民は信なくんば立たず。
子貢が政治のことをお尋ねした。
先生はいわれた。
「食料を十分にし軍備を十分にして、人民には政治を信頼させることだ。」
子貢が「どうしても、やむをえずに捨てるならば、この三つの中で、どれを先にし
ますか。」というと、
先生は「軍備を捨てる。」といわれた。
さらに「どうしても、やむをえずに捨てるならば、この二つの中で、どれを先にし
ますか。」というと、
「食料を捨てる。」「食料がなければ人は死ぬが、昔から誰にでも死はある。人民
に信がなければ安定しない。」といわれた。
国民に政治家や政治を信用する気持ちがなくなったら、国家は成り立っていかない
のではないか。国家と国民の間に信用・信頼がなくなったら、その国は必ず滅びる
ことでしょう。
最近の日本の政治のあり方はどうでしょう。国民のことよりは、党利党略に走って
ばかりいる。国民が政治家を信用しなくなりつつあることは、ゆゆしき問題だ。
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◆ 言必ず信、行必ず果。 [子路第十三]
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原文の意味・解釈
その意味は、文字どうり「言うことに嘘がなく、行うことは約束通りきちんと実行
する。」ということだ。
この「論語」の言葉は、もちろんのこと現在の中国でも生きている。
昭和四十七年九月、日中平和条約を結ぶために訪中した、時の首相田中角栄に、今
はなき、周恩来首相は「言必信、行必果」を色紙に書いて贈った。
また、平成十一年五月、小渕首相が訪中した際、朱鎔基首相がまったく同じ言葉を
色紙にしたためて贈った。お二人とも大変喜ばれたようですが、中国側の真意は、
何処にあったのでしょう。日本の首相はよく変わるので、約束したことは必ず実行
するようにという皮肉がこめられていたのではないことを望みたい。
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◆ 君子、
義を以て質と為し、礼を以て之を行い、
孫を以て之を出だし、信を以て之を成す。 [衛霊公第十五]
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原文の意味・解釈
この文言が含まれる全文{衛霊公(えいれいこう)第十五第十八章}は次の通りです。
子曰、
君子義以爲質、
禮以行之、孫以出之、信以成之、
君子哉。
子、曰(のたま)わく、
君子、義以て質と為し、
禮以てこれを行ない、孫(そん)以てこれを出(い)だし、信以てこれを成す。
君子なるかな。
孔子がいわれた。
「正義をもとにしながら、礼によって行ない、謙遜によってあらわし、誠実によっ
てしあげる。君子だね。」
事を行う場合には、常に正義を重んじ、これは正しいか、正しくないかの基準に照
らして行動する。しかし、あまりにも正義にこだわりすぎると角が立って人間関係
を損なえる。それだけに礼を守り、「謙譲の美徳」を発揮して相手を立てる。始め
から終わりまで誠実を旨とし、信用を得ることを心がければ成功も近い。
人間形成の上でも、また、一つの仕事を成し遂げる上にも、最後はこの「信」が、
成否を決めよう。
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◆ あとがき
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「論語」の教えである五つの徳目について、いろいろと見てきました。
そして、すでに皆さんもお感じのように、いくら「仁・義・礼・知」が優れた人でも
人間としての誠実さ、約束したことは必ず守るという人間的な信頼がなければ、本当
の有徳者とは言えない・・・。その意味ではいかに「信」が大切かを諭されました。
人生行路のよき「羅針盤」として、これらの教えをしっかりと身につけ、この世紀を
生きて行こうではありませんか。 (2001.04.18.記)
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