マミちゃん、ずーっと大好き。
マミちゃんご卒業おめでとう。
マミちゃんに出会って3780日目の2001年7月2日。
とうとうお別れの日がやって来ました…。
20代のほぼすべてを捧げきったこの10年余、
イヤな思いはしたことがないのが自慢。
いつでもファンに優しく、舞台に全力投球.。
努力していることをいばったりせず、
サラリと笑いでくるんださりげなさ。
いつしか、真琴つばさを通して見え隠れする、
“保川真名美”その人の
シャイで寂しがり屋なところにも惹かれるようになりました。
学生だった私は社会人になり、
自由なお金でゆったりのんびり観劇して
ほのぼのと幸せを味わっていると、
「トップはムリよ」とオバサマファンから言われ、そう思い込んでいたのに
あれよあれよと97年6月27日を迎えました。
周りでファンは私だけ、
個性派と言われ、ファンの数も???だったマミちゃんが
たくさんの人々に受け入れられるのでしょうか…?
…その心配は無用でした。
責任感からか大変身、ものすごい進化を遂げ、輝きを増したマミちゃん。
前面に押し出されていた憂いや翳りは
明るく輝く笑顔のスパイスになり、ますます素敵。
ファンがどんどん増えていくのを実感しました。
トップになっても天狗になったりせず、
相変わらず近い存在でいてくれたマミちゃん。
何を観ても、何を見ても、何を読んでも
宝塚とファンへの愛情にあふれつつ、ユーモアたっぷり。
1000days柿落としや中国公演などの重責を果たし、
貫禄もついて大人の顔になったマミちゃん。
そして…トップになったその日から覚悟してましたが、
2000年の暑い日に会見がありました。
こんなツライ思いをするのなら、
マミちゃんに、いえ宝塚に近付くんじゃなかった…
と、思ったこともありました。
四捨五入さんじゅう女のちっぽけな幸せを奪うなんて…。
でも7月2日、
“両想い”とゆー素晴らしい関係で
無事、マミちゃんをお見送りすることができました。
最高の形で。
相思相愛の気持ちがあったから、ここまで走れた。
可能な限り、全部やり遂げた…。
プレゼントもプレミア公演観劇も…。
それでも涙が枯れることがないのは、
あまりにも、日常生活にまでマミちゃんが染み込んでいたからでしょう。
特に発表以降、
起きるのも息をするのも歩くのも寝るのも食べるのも
すべて、マミちゃんのためでした。
買い物でも常にマミちゃんのことを考え、
旅行ではお土産を忘れずに。
私はマミちゃんによって満たされていた空っぽの容器だった…。
こんな生き方がいいわけないけど、
熟しきって腐った甘い香りのする楽園で暖かな繭に覆われて
しばらくは生きて行こうと思います。
カッコ悪くてもいい!
舞台の男役:真琴つばさが終わっても、
保川真名美さんのファンでいる…。
もしできるなら、結婚は2番目に好きな人と。
1番は私の中で永久欠番なのです。
『また会えると信じているから、
言いたいことはまだ言いません。
きょうはありがとう』
とマミちゃんに渡した最後のメッセージ。
また会う日まで、私を最高の状態に保つよう頑張ります。
それに、もしマミちゃん復活なら、
私には大きな夢があります。(野望)
いつかかないますように。
最後に…
本当にツライのは、お友達との別れかもしれません。
宝塚を観続ける限り、どこかでまた会うでしょう。
でも同じメンバーが1人も欠けることなく
そろうことはもうきっとない。
まるで学生時代のよう。
マミちゃんとともに、私たちも、そろって卒業したのですね。
でも、目的を失っても、
いつまでも友情が続きますように…。
おばあさんになっても、
マミちゃんを大絶賛しながらお茶しましょう。
そして…マミちゃんを通して、
ネットの世界にどっぷりハマリました。
何から何までありがとう、マミちゃん。
友達を、新たな世界をありがとう。
マミちゃんにこれからも、変わらぬ愛を捧げます。
マミちゃんによって誕生した私のもうひとつの顔…
しのらー
おまけ
マミちゃんにフェアウェル・パーティで渡したカードの裏に書いた
マミちゃんとの思い出ベスト10