マミちゃんとの思い出ベスト10



中国(上海)公演のすべて

マミちゃんのために海を渡った私!とゆー
いささかナルシーな理由で大感動した公演。
新しい世界はいつもマミちゃんから…
食べ物も美味しくて、
仲間との大騒ぎが楽しくて、
“おっかけ”も楽しかった。
「私の自慢のマミちゃんを見て!」と、
中国中に言って回りたいくらい、
マミちゃんのエンターテイナーぶりは誇らしかった。
現地新聞の絶賛も嬉しかった

博多座に行ったこと

これは別の意味で…。
九州初上陸!で浮かれていた公演。
退団がいよいよ濃厚になったのもこの公演からでした。
帰りの飛行機の中で、友達と涙した切ない旅路。
食わず嫌いだったのに何故か突然食べられるようになった明太子(稚加栄)。
あれ以来、マミちゃんは明太子味。
明太子を食べると暑かったあの夏の日を、
そして悲しいニュースを思い出して、
胸が痛みます

プレゼントを身に付けてもらったこと

何気に見た某雑誌で
マミちゃんの写真に見覚えのあるブツが…!
何と私のベルギーみやげ!
ゼンダの茶会でプレゼントしたものだった!
その写真はとーってもキレイで嬉しいのに、
なぜか涙が止まらなくなった。
あれからプレゼント欲が暴走した。
私の周りの人をも巻き込んで…

プチ・ミュージアムで遭遇

これはまだ最近の話。
たまたま入ったプチ・ミュージアムにマミちゃんはじめ月組生ご一行が!
ビックリしたなぁ…。
カメラ持ってるのに、どーしていいか分からなくなった。
私もマミちゃんとおしゃべりしてみたかった。
落ち着きのないマミちゃんは可愛かった…

トップになったこと

97年6月27日、開演アナウンスに号泣&拍手喝采。
どアップのポスターがキレイだった。
何だか誇らしかった。
“私のマミちゃん”がスゴイ人になった瞬間。
『EL DORADO』は今でも大好き!
着せ替え人形みたいで嬉しかった。
美しかったなぁ…“苦悩の銀橋ダンス”とか…

地元の新聞でエッセイ連載

中日新聞でマミちゃんのエッセイが半年間載った…
最初聞いたとき、息が止まるかと思った…
せっせと切り抜いてとても楽しかった。
マミちゃんは天才だと思った。
反響もすごかったらしい

『ローンウルフ』のすべて

バウで激しく心揺さぶられ、
名古屋公演に通い詰めた。
キレイで切なくて、暗誦できるほど夢中になった。
仕事中も歌詞やセリフをノートに書き綴らないではいられなかった。
自分の結婚式はユウコちゃんのフィナーレの服を参考にしよう!と思った。
「私のマミちゃんステキでしょ!」と、
世界中に言いふらしたくなった。
…が、カードに書いたときつい、『ローンウル』と書いてしまい(ボールペン)、
のわー!と死にたくなった。カッコわる…ださーっ!
塗りつぶしてミノムシを書いた…

『螺旋のオルフェ』との出会い

私にとって初めてのタイプの作品でのめり込んだ
すべてに意味があり、曲もセットも照明も衣装も全部すてき。
宝塚ぽくなくて、ちょっとビックリしたなぁ…
いろんな妄想が広がる素材だった

『BMB』の躍動感

銀橋に寝転んだマミちゃんを見た途端、
「このショー好きーっ!」と叫んだ。
イントロから全部、最高!
回数もたくさん観て、忘れられない公演になった。
ショーのCDを買ったのは初めて。
スピード感のある曲の構成が完璧!
衣装や振付も好きだった。
マイナー調の曲も、妖艶さもヨイ。
ブラオパはもう、一言では言えない

HPを始めたこと

職場にあったyahoo!マガジンを見て、
無料メルアド希望で開いたgeocitiesからすべてが始まった
ズブの素人だったけど、どんどん進化していくのが楽しかった。
たくさん学んで、仕事にも役立った。
訪問者から何か言っていただくのが嬉しかった。
マミちゃんも存在を知ってくれてたらいいなー、とは夢のまた夢…
ネットの始まりは97年9月に思い切ってカキコした公式NM号。
ヘンな人のせいでIPアドレスが出るようになり、
会社からのカキコが出来なくなって辛かった
自分のカキコに反応があるのは楽しかった




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