マミちゃんとの思い出ベスト10
◆中国(上海)公演のすべて
マミちゃんのために海を渡った私!とゆー
いささかナルシーな理由で大感動した公演。
新しい世界はいつもマミちゃんから…
食べ物も美味しくて、
仲間との大騒ぎが楽しくて、
“おっかけ”も楽しかった。
「私の自慢のマミちゃんを見て!」と、
中国中に言って回りたいくらい、
マミちゃんのエンターテイナーぶりは誇らしかった。
現地新聞の絶賛も嬉しかった
◆博多座に行ったこと
これは別の意味で…。
九州初上陸!で浮かれていた公演。
退団がいよいよ濃厚になったのもこの公演からでした。
帰りの飛行機の中で、友達と涙した切ない旅路。
食わず嫌いだったのに何故か突然食べられるようになった明太子(稚加栄)。
あれ以来、マミちゃんは明太子味。
明太子を食べると暑かったあの夏の日を、
そして悲しいニュースを思い出して、
胸が痛みます
◆プレゼントを身に付けてもらったこと
何気に見た某雑誌で
マミちゃんの写真に見覚えのあるブツが…!
何と私のベルギーみやげ!
ゼンダの茶会でプレゼントしたものだった!
その写真はとーってもキレイで嬉しいのに、
なぜか涙が止まらなくなった。
あれからプレゼント欲が暴走した。
私の周りの人をも巻き込んで…
◆プチ・ミュージアムで遭遇
これはまだ最近の話。
たまたま入ったプチ・ミュージアムにマミちゃんはじめ月組生ご一行が!
ビックリしたなぁ…。
カメラ持ってるのに、どーしていいか分からなくなった。
私もマミちゃんとおしゃべりしてみたかった。
落ち着きのないマミちゃんは可愛かった…
◆トップになったこと
97年6月27日、開演アナウンスに号泣&拍手喝采。
どアップのポスターがキレイだった。
何だか誇らしかった。
“私のマミちゃん”がスゴイ人になった瞬間。
『EL DORADO』は今でも大好き!
着せ替え人形みたいで嬉しかった。
美しかったなぁ…“苦悩の銀橋ダンス”とか…
◆地元の新聞でエッセイ連載
中日新聞でマミちゃんのエッセイが半年間載った…
最初聞いたとき、息が止まるかと思った…
せっせと切り抜いてとても楽しかった。
マミちゃんは天才だと思った。
反響もすごかったらしい
◆『ローンウルフ』のすべて
バウで激しく心揺さぶられ、
名古屋公演に通い詰めた。
キレイで切なくて、暗誦できるほど夢中になった。
仕事中も歌詞やセリフをノートに書き綴らないではいられなかった。
自分の結婚式はユウコちゃんのフィナーレの服を参考にしよう!と思った。
「私のマミちゃんステキでしょ!」と、
世界中に言いふらしたくなった。
…が、カードに書いたときつい、『ローンウルス』と書いてしまい(ボールペン)、
のわー!と死にたくなった。カッコわる…ださーっ!
塗りつぶしてミノムシを書いた…
◆『螺旋のオルフェ』との出会い
私にとって初めてのタイプの作品でのめり込んだ
すべてに意味があり、曲もセットも照明も衣装も全部すてき。
宝塚ぽくなくて、ちょっとビックリしたなぁ…
いろんな妄想が広がる素材だった
◆『BMB』の躍動感
銀橋に寝転んだマミちゃんを見た途端、
「このショー好きーっ!」と叫んだ。
イントロから全部、最高!
回数もたくさん観て、忘れられない公演になった。
ショーのCDを買ったのは初めて。
スピード感のある曲の構成が完璧!
衣装や振付も好きだった。
マイナー調の曲も、妖艶さもヨイ。
ブラオパはもう、一言では言えない
◆HPを始めたこと
職場にあったyahoo!マガジンを見て、
無料メルアド希望で開いたgeocitiesからすべてが始まった
ズブの素人だったけど、どんどん進化していくのが楽しかった。
たくさん学んで、仕事にも役立った。
訪問者から何か言っていただくのが嬉しかった。
マミちゃんも存在を知ってくれてたらいいなー、とは夢のまた夢…
ネットの始まりは97年9月に思い切ってカキコした公式NM号。
ヘンな人のせいでIPアドレスが出るようになり、
会社からのカキコが出来なくなって辛かった
自分のカキコに反応があるのは楽しかった